◇はじめに
私は小中学生の頃、ぽっちゃり体型で運動が苦手。 体育の授業では走るのが遅く、球技も全然ダメ。地域のソフトボール大会では人数不足で仕方なく参加しエラーしまくり周りをイラっとさせたり、更には中学ではバスケ部に入ったものの、厳しい練習やセンスのなさから途中で脱走⁈から退部…その後は帰宅部となって、大好きなラジコンカーに夢中になっていました。
◇運動への苦手意識と劣等感
運動が得意な同級生が注目を集める中、私は自分の運動音痴を強く意識し、劣等感を抱いていました。体育の授業や部活動での失敗、嫌な思い出として残っています。
◇バイクとの出会いと情熱の芽生え
高校生になり、バイクの免許を取得しました。スピードへの憧れから、山道を走る「走り屋」の集まる場所に通うようになりました。そこでは、誰かに言われたからではなく、自分の「カッコいい」という思いを原動力に走っていました。 新車のバイクを操ることで、自分の運動音痴を感じることなく、周囲からも注目されるようになりました。
◇走り屋文化とヒエラルキー
当時の走り屋文化には独自のヒエラルキーが存在し、技術やスピードが評価の基準となっていました。私もその影響を受け、恐怖を感じる事なく走りまくった…その結果、「あそこの会社に勤めてる若い子、バイク上手だよね」と噂されるようになり、コンビニや街中で知らないヤンキーから「あんたバイク速いよね」と声をかけられることもありました。これは平成初期の話です。
◇レース活動と全日本選手権への挑戦
その後、レース活動に本格的に取り組み、全日本選手権への出場を果たしました。この経験を通じて、運動への意識が高まり、トレーニングを始めるようになりました。現在50歳となった今でも、ジムに通い続けています。
◇情熱が導く人生の変革
この経験から、情熱を持って自分のなりたい姿を目指すことが、人生を豊かにする鍵であると感じています。運動が苦手だった私でも、情熱を持って取り組むことで、大きな成果を得ることができました。これからも、自分の情熱を大切にし、前向きに挑戦を続けていきたいと思います…最近この辺りが弱い!
まずはスタバで瞑想☕️