2011年3月11日、東日本大震災。
あの日のことを、改めて振り返ってみた。
自分が住んでいる福島県も被災地の一つではあるが、内陸部だったため、津波の被害はなかった。とはいえ、地震の揺れは強烈で、停電や断水が発生し、しばらく不便な生活を余儀なくされた。
働いていた郡山市からの帰宅途中は、停電で機能しない信号機🚥真っ暗な国道4号線、それなりの交通量だったが、交差点前では減速や譲り合いでクリーン。
「日本で良かった」運転しながそんな事を思っていた。
幸いなことに、自宅は壁が一部剥がれたりしたものの、倒壊することはなかった。家具やバイクも倒れることはなく、大きな損害は免れた。
しかし沿岸部の状況を目の当たりにしたとき、自分の住む地域とのあまりの違いに言葉を失ったことを今でも覚えている。
震災直後に書いたブログは、生存報告のような内容。当時は目の前のことに精一杯で、状況を整理して伝える余裕などなかったです。※当時はFC2ブログを利用していました。
その後、3月に仕事で南相馬の沿岸部へ行き、そこで見たのは大型トラックがまるでおもちゃのように転がり、波打つように巨大なフェンスが倒れている光景。さらに途中で道が途切れていた。
あまりにも衝撃的すぎて、当時持っていたAndroidスマホのカメラを向けることすらできなかった。
あれから年月が経ち、街も少しずつ変わった。
それでもあの日の記憶は決して薄れることはありません。
震災を経験したからこそ、大切にしたいものや守るべきものを改めて考えさせられる。
震災から14年。これからも、自分にできる形で、あの日の記憶を伝えていこうと思う。