dの日記

2023年50歳になる男の日記

地元の神社と、春の朝に思うこと

10代の頃、地元の友人や先輩たちと深夜に集まった神社。 境内で朝を迎えたこともある。 何かをするわけでもなく、なぜかあの場所に集まりたかった。

今は毎日の通勤路として何気なく通っている道に、その神社はある。 桜が咲くたびに「きれいな神社だな」とは思っていたけれど、正直その歴史や由緒に興味を持ったことはなかった。

だけどここ最近、春になるとふと足が向くようになった。 風のない午前中、ふらっと立ち寄って、改めて看板の由緒を読んでみた。

神社の看板には、こう書かれていた。

鎮座地 福島市上野寺字稲荷四八の一

御祭神 稲倉魂命(いなくらたまのみこと)

御祭徳 五穀豊穣・商売繁昌・家内安全

神事 ・元旦祭 一月一日 ・祈願祭 一月中旬 ・例大祭・鎮火祭 四月第一日曜日 ・夏越祭(人形祭)七月中旬 ・新営祭(収穫感謝祭)十一月中旬

由緒 西暦八〇〇年代に、大洪水があって松川が氾濫、野寺村を横断して大窪谷地を通り須川に合流した。それからこの川を境として上野寺村と下野寺村とに分村し、両村にお寺が建てられました。 上野寺村には、元慶四年(八八一)に、上野寺字和田の稲荷山に「稲荷山大林寺」が建てられました。当時は寺を建てるときには、守神としての神様の社も建てられていましたが、口伝によれば、室町時代(一三三八-一五七三)に入ってから、稲荷山大林寺境内に「武隈稲荷大明神」が建立されたと言われています。これが「武隈稲荷神社」の前身です。 古書には、「老の精霊を担うて来る稲荷明神として祀る」とあり、農神「稲倉魂神」の使神として宮を造り、阿武隈川の西なれば、武隈稲荷神社として今日に至るという」と残されております。 名前の由来は、阿武隈川の西なれば云々とあるように、阿武隈から二文字を引用したと言われております。また、明治二年(一八六九)には、これまでの「武隈稲荷大明神」から「武隈稲荷神社」に改称し、現在に至っています。 なお、稲荷山大林寺は万治元年(一六五八)に現在の大林に移転しました。

平成二十二年十一月 寄贈:天台宗 稲荷山 吉祥院 大林寺

武隈稲荷神社由緒より

要約(アシスタントChat GPTさん)

福島市上野寺の武隈稲荷神社は、室町時代に「稲荷山大林寺」の守護神として建てられたのが始まりとされます。ご祭神は「稲倉魂命(うかのみたまのみこと)」で、五穀豊穣・商売繁盛・家内安全の神様です。 神社名の「武隈」は、阿武隈川の西に位置することに由来します。 明治の神仏分離により現在の名となり、今も地元に根ざした信仰が続いています。

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「あなたは神社の方ですか⁈」

一眼レフを抱えた年配の方に、バイクから降りたフルフェイス姿の自分が声をかけられた。 どうやら初めてこの場所を訪れたようで、満開の桜の美しさに感動している様子だった。 『おぉぉ…』声を出しながら神社と桜の構図を熱心に探し、真剣にシャッターを切っている。 とは言え、こちらも写真を撮りたい!が、オッサンが邪魔でイマイチのしか撮れず、完全に圧で負けてしまった…。

自分にとっては「ただの地元の風景」にすぎなかったものが、 外からの視点を通して見ると、改めて魅力的に感じられる。

地域には、こんな素敵な場所が当たり前のように存在しているのかぁ。 なんて贅沢な場所に住んでいるんだろう… そんなことをふと思った春の朝でした^ ^