dの日記

2023年50歳になる男の日記

連休がない土日出勤、その先にあるもの

今週の土日もいつも通り出勤日。 すっかり「週末レギュラーメンバーとなっています。 今月の勤務票が出たときにリーダーから「ごめんね、今月は連休がないんだ」と言われてはいたけど、やっぱり連休ゼロは響きますね。

もちろん、休みがあるだけありがたいと思う気持ちもあります。 バブルが弾けて、社会がどんどんシビアになっていった時代を経験している世代としては、休めるだけで感謝しなきゃって思うところもある。 昔は4週6休とか、週に1日休めればマシという世界でしたし。

今は週2日休めるのが当たり前にはなってきたけれど、それでも“連休”がないとなると、やっぱり自由度がまったく違う。 同じ2日間の休みでも、連続しているかどうかで人生の選択肢が狭まるというか、なんというか…ざっくり言えば「機会損失」なんですよね。

連休があればちょっと遠くまで足を伸ばして、知らない景色に出会えたり、新しい体験ができたりする。 でも単発の休みだと、「せっかくだけど今日は休養で終わりかな」みたいな日になってしまう。 休みが無駄とは思わないけど、やっぱり“連続している”ことの意味は大きい。

もちろん、毎月ちゃんと希望休は出せるし、今回は特に予定もなかったから何も出してなかった。 だけど、結果的に連休ゼロの月になってみると、じわじわ効いてきますね。

私だけじゃないけど、結局“できる側”に回ると、組織の都合のいいようにスケジューリングされるのは、どこかモヤっとする。 「嫌です」と言うほどでもないけど、なんだかんだで“いいように使われてる感”ってのはある。

そして思うのは、「土日出勤できる人にはもっとちゃんとした対価を出してもらわないと」ってこと。 確かに土日手当は出てるけど、正直ビビたるもん。 たとえばオーストラリアなんかは、平日の3倍の賃金がつくこともあると聞きます。

そこまでとは言わなくても、「できる人」が「できない人」の分を支えてる構図があるなら、それに見合ったインセンティブがないと、不公平感は消えないまま。 “できる人”が潰れたら、誰が現場を回すんでしょうか?

そんなことを、ふと連休なしの日曜の朝に考えてしまいました。