今朝、地方新聞を開くと、また「高齢女性が詐欺で1000万円以上の被害に遭った」という記事が載っていた。 もはや驚くような内容ではない。しかし読むたびに“なんで!?”と感じる。
その大金が、もし地域の商店や飲食店、あるいは人との交流の場で使われていたら…、 どれほど多くの人に笑顔や時間をもたらしていただろう。 そう思うと、この出来事は「詐欺に遭った」という話で終わらせてはいけない気がしました。

貯めるか、騙されるか――なら、使ってほしい
記事に出ていたのは、SNSで“資産家”を名乗る人物に騙され、 1030万円を送金したという高齢女性の話。 郡山の60代女性は、暗号資産の話に乗せられ800万円を失ったという。
こうした詐欺事件、もはや地方紙の定番ネタだ。 でも、そのたびに私は思う。
お金を持っている人は、貯めるか騙されるか。だったら、いっそちゃんと使ってほしい。
“こと消費”こそ、人生の記憶になる
いまや「何を所有しているか」よりも、「どんな時間を過ごしてきたか」が人生の価値を左右する時代だ。
地元の喫茶店でゆっくりモーニングを味わう。 温泉に出かけて、心と身体を解きほぐす。 誰かと語らい笑い合う時間を過ごす。
そんな“こと消費”こそが、人とのつながりを育み、記憶に残り、人生に厚みを与える。 お金は単に「モノを得るための道具」ではなく、生きた時間をつくるための手段なのだと思います。
地域に使えば、やがて自分に返ってくる
お金を地元で使えば、それはお店の売上になり、 仕入れ先や従業員の給料になり、 やがてまた別の消費へとつながっていく。
詐欺で奪われるお金や、引き出しの奥に眠るだけのお金は、社会を動かさない。 顔の見える相手と日常の中で交わすお金こそが、地域経済の源となる。
そしてその巡りが、自分の仕事や暮らしにもいずれ返ってくる。
でも現実には、“使いたくても使えない”
こうして「使った方がいい」とはわかっていても、 実際の暮らしの中では「使いたくても使えない」と感じている人が多いのではないだろうか。
その原因のひとつが、社会保険料の重さだと思っている。
いくら働いても、給料明細を見れば手取りがどんどん減っている。 保険料や税金に吸い取られてしまい、自由に使えるお金は少なくなる一方だ。 これでは「消費」や「投資」どころではなく、むしろ「節約」と「不安」だけが残るのがリアル。
社会保険料を軽く、消費税で支える仕組みにできないか
私は最近強く感じる部分です。 社会保険料を軽くして、その分を消費税で補う構造にできないだろうか。
もちろん、消費税には「低所得層に負担が重くなる」という問題もある。 しかし、実際には「使う人が負担する」ほうが分かりやすく、公平に感じる部分もある。
何より、使えるお金が手元に増えれば、もっと自由に、もっと前向きにお金を動かせるはず。 それが地域を元気にし、結果的に税収も安定し、社会全体にとってもプラスになると思うのです。
“厚みのある人生”は、お金の使い方で変わる
詐欺で失われたお金を見るたびに思う。 もしそれが人とのつながりや、自分の心を動かす体験のために使われていたなら… きっと笑顔や記憶として、人生に刻まれていたのではないか。
お金はただの数字ではない。 それをどう使ったかが、その人の人生に厚みを与えるのです。
結び
ぶっちゃけ無くなったら、また働きまた稼げばいい。
そう思える強さがあれば、 お金に振り回されることなく、 “人との時間”や“自分らしい豊かさ”を優先できるのかもしれません。
今朝の新聞から、そんなことを感じました。