山口周さんの『劣化するオッサン社会の処方箋』という本を読んでいます。
ある章のタイトルがふと目に入って、ページをめくる手が止まりました。
「中堅・若手がオッサンに対抗する武器」
その“武器”とは何か。
本の中ではこう書かれていました。
「オピニオン(意見や異議を唱える力)」と「エグジット(離脱・転職などの行動)」
なるほど。
若手や中堅が組織の中で空気を変えるには、この2つの力が必要だと。
けれど、それを読んだ瞬間こんな言葉が浮かびました。
「自分には、どっちもできていない」
言いたいことを飲み込んできた日々、
やめたいとまで思ったことはないけれど、
「他でやっていけるか」という自信もない。
結局、沈黙を選びながら船に乗り続けている。

私は大きな船に乗っている。
会社という名の船だ。
毎日、安定はあるけれどどこか歯車のひとつのような感覚。
メディアで取り上げられる不祥事や問題に触れるたび、ふとよぎる。
「もしかしたら、自分もこの構造の一部として加担してるんじゃないか?」
そう感じても、すぐに何かを変えられるわけじゃない。
そう、私はこの船の外に出る準備がまだ整っていない。
ただ、何もしないわけではない。
今、副業の準備をしている最中だ。
すぐに稼げるようなものではないけれど、
工具を揃えて、知識を補って、小さく始められる準備をしている。
でも正直に言うと怖さもある。
本業に守られていた自分が、
“自分の名でサービスを提供する”ということに向き合うのは、想像以上に勇気がほしい。
それでも、何も持たない自分に気づいたからこそ、
「小さな外との接点」を持とうとしている。
それが、私にとっての“脱・オッサン”の第一歩だと思っています。
本の中にはこんな指摘もあった。
「外に人的資本がないと、エグジットは怖くなる」
「副業禁止は、社員に“外の関係”を作ってほしくない企業のもくろみだ」
幸いにして、私の会社は副業を禁止していない。
それなのに、僕自身が“外”との関係性を築いてこなかっただけだった。
制度の問題じゃない。
動かなかったのは、自分の問題。
この本を読んで、「自分はまだ“オッサン”でいたいわけじゃない」と思った。
声も上げられず、動き出すのも遅い自分は、
もしかしたらすでに“オッサン社会”の一部になりかけていたのかもしれない。
しかし今なら、少しずつ変えられる。
誰かに反旗を翻すような大きな行動じゃなくていい。
副業の準備をする。
自分の意見をメモに残す。
ときにはこうして文章にして、外に発信してみる。
それだけでも、何かが動き出す気がしている。