宮城県にあるスポーツランドSUGO。山並みに抱かれたこのサーキットは、どこか懐かしく、静かな情熱を思い出させてくれる場所です。
この日は気温こそ高かったが、心地よい風が吹き抜け、ジメジメとした不快さはなく過ごしやすい一日だった。

25年前と今──二輪の世界は変わった
私がレースに参加していたのは、もう25年前になる。
その頃と比べると、参加者の数も年齢層もずいぶん変わった。同じ“二輪車”を扱うモータースポーツとは言え、雰囲気はまるで別世界です。
今回も走る側ではなく地方選での、ちょっとしたお手伝いとして参加。
スポンサーの計らいで振る舞われた、イタリアン料理のケータリングサービスを楽しむという、
ありがたい機会にも恵まれた。

向き合い方は人それぞれ
モータースポーツは、お金も手間もかかる世界だ。
そのぶん、どこまで向き合うかは人によって大きく違う。
・全日本を本気で目指す人
・趣味以上、本気未満の人
・本気でやってきたけれど「ここまで」と決めた人
“やるからには上を目指す”という時代ではない。
今はむしろ、非日常の中で自分を試す場として向き合っている人が多い気がします。
誰かに強制されて走っているのではない。自分からエントリーして、自分で走る。リスクはあるけれど、それも承知のうえで走っている。レギュレーションやルールによって安全性は担保されているが、やはり一般の感覚からすれば、モータースポーツは“危険な遊び”に映るかもしれない。
参加台数の減少、そして関わる人々の高齢化も、年々目立つようになってきた。
ドカンと人気が跳ね上がる未来は、正直あまり想像できない。
それでも「走るのが好き」という想いが、現場には確かにある。

稼ぎじゃない、でも確かな原動力
モータースポーツは確かに出費が目立つ。
けれど、それに向き合うことで得られるものも大きい。
・稼ぐための原動力になる
・自分らしさが深まる
・他では味わえない、特別な時間がある
何より「あの頃の自分」にもつながります。
私にとって、それはきっと“かっこいい自分”を目指していた時間だったと思う。
うまく言葉にできないけれど…あの頃は「これをしている自分が好きだった」。
なぜ、いまもサーキットに足を運ぶのか
今の自分はなぜサーキットに来るのか?
懐かしさを感じたいから?
若いライダーたちから勇気を分けてもらいたいから?
確かにそれもあると思う。でもこうして“書く”ためかもしれない。自分が見たもの、感じた空気、そしてかつての思いと今の気持ち。それを言葉にして残すために、ここに来ているのかもしれない。
自分の原点に触れ、今の自分と対話できる場所なんだと思う。走っていた頃の自分。応援してくれていた人たち。今、黙々と準備するライダーたち。そしてこうして見守るだけの自分。それらすべてをつなぐために、私はこの場所に立っているのです。