dの日記

2023年50歳になる男の日記

「12時間拘束」という違和感

通勤時間を含めれば、1日12時間は仕事に拘束される。

給料は、その労働の対価として支払われるけれど、冷静に考えてみると「命の時間」を12時間差し出して得る金額としては、全然見合っていないと感じることがある。

 


このスタイル、まさに高度経済成長期から続いている「働くことが正義」とされる価値観に基づいている気がして、正直、今の時代にはズレているんじゃないかと思う。

 

 

この国は“共産主義”や江戸時代の“士農工商”ではない。本来の働き方は自分で決めるもの。

組織に所属することで安心感や社会とのつながり、貢献感を得ることはできるけど、それがすべてではない。

 


人生全体を一歩引いて俯瞰してみると、「世間の当たり前」や「常識」とされている働き方自体を、そろそろ見直すフェーズに来ているのではないか――そんな感覚がある。

 


孤独にならず、必要最低限の生活ができるのであれば、命の時間をただ“消費”するのではなく、ときには立ち止まり、振り返り、考えることができる。

そうすることで、もっと「生きやすい人生」が見えてくるのではないだろうか。