最近、横領のニュースをやたらと目にする。JA、銀行、自治体、そして中小企業。「○○万円を着服」「業務上横領の疑い」どれも見出しは似たような言葉で、最後は「調査中」「懲戒解雇」で締めくくられる。それを読んでいると、“人が一線を越える瞬間”とはなんなのか考えてしまう。
“そんなことするように見えなかった” “真面目に働いて責任感があった” 心の隙間に生まれるダークサイドとは。

“この人やっちゃったんじゃないの”??”だけで載せちゃう?まっ、ちゃんと裏をとっての報道だと思いますが、中身がないですよね…このような新聞記事も違和感あり。
銀行の中で起きたこと
まだ記憶にも新のでは?昨年末に明らかになったMUFG銀行の貸金庫事件。顧客の貸金庫を、元行員が数年にわたり無断開錠し、十数億円規模の被害を出していたという。 「貸金庫」といえば、安心の象徴みたいな存在です。その内部で“信頼”と“油断”が裏表になっていた。鍵の管理を一人が担っていたという構造。組織のキャスティングも悪かったし、そう言う癖があるのにすり抜けしちゃう組織構造だったと、私たち外部の人間からはそう見えます。
生活苦だけじゃない、“心の空洞”
「お金に困ってやったんだろう」と思うかもしれない。でも実際はそうでもない。実家で暮らし、パートナーもいる。飢え死になんて日本なら無いはずです。
十分に生活できている人でも、ストレスや孤独、承認欲求、逃避心から道を踏み外す。
ギャンブルも夜の街も、“心の穴埋め”じゃないか
横領の動機に多い「遊戯・ギャンプル」という言葉。その裏には、寂しさや不満が隠れていと感じる。男性ならパチンコに風俗、女性ならホストやブランド品。
お金を使えば一瞬は満たされる。でも、満たされたぶんだけ現実が冷たく見える。そこからまた逃げたくなる。お金が減るよりも早く、倫理が摩耗していく。
「少しくらいなら」「次に返せばいい」その小さな自己正当化が積み重なって、気づけば取り返しのつかない場所まで行ってしまう。
私が思う「防ぐマインド」誰しもがなり得る
横領や誘惑を防ぐのは、監査やルールじゃない。最終的に守ってくれるのは、自分自身の“日常の軸”だと思う。たとえば、ギャンブルをする時間があるなら、
「その時間で何を積み上げられるか」を天秤にかけてみる。人には誰しも“人生の残り時間”がある。その重さを意識したとき、無駄に金を賭ける余裕なんてなくなる。
そしてもうひとつ。仕事以外(重要)で身体を動かすことを習慣化する。汗をかけば、脳内ホルモンやドーパミンやセロトニンが自然に分泌され、過剰な刺激を求めなくても満たされます。身体を動かすことは、心を整えることでもあります。
結局、人を狂わせるのはお金ではなく、「時間と感情の使い方」だと思う。そのバランスを崩さないことこそ、一番現実的な“防ぐマインド”です!
お天道様は見ている
どんなに上手くやったつもりでも、お天道様はちゃんと見ている。その瞬間は逃げ切れたように思えても、
必ずどこかで悪い形になって返ってきます。横領のニュースを見ていると、人を裁くのは法律かもしれないが、最後に裁くのは、見えない“天”なんだと感じます。
以前勤めた企業(2件)どちらも起訴されない程度の(うん千万もいた)“横領”で、パージされた従業員は男女合わせて10人近く。とは言え人生に泥はぬられず、リスタートができる。
終わりに
私も20代前半はギャンプル、サラ金に手を染めました。戻って来れる金額で目が覚めました(汗)
もちろんレジからお金を摂ることはありませんでした。
他責思考と言われるかもですが、日本のマネーリテラシー教育の欠如、学校教育の中でなぜ「家計管理」を学ばないのか?社会に出れば自然に身につく?金融機関にとって都合が悪くなるからですよね。
その社会構造もおかしい、全ての責任を押し付けるつもりはありません。でも原因には因果関係や時代背景が必ず絡んでいます。