dの日記

2023年50歳になる男の日記

通勤という見えない拘束

■ 12時間以上拘束される働き方の現実

通勤というものに憤りを感じ、どうしても腑に落ちません。今の職場までは往復約2時間。家を出て職場の駐車場に30分前に着いて、さらにICカードを15分前に通す。

なんだかんだで、家を出てから帰るまで12時間以上は縛られている。時間帯による所要時間は変化するが、am7:10以降に家を出たら…間に合うが、遅刻するパーセンテージは爆上がりします。朝に街中に向かうのは、ローカルな福島市でも交通が集中します。

■ 年間3週間から1か月半が“移動だけ”で消える

数字にすると現実は鮮明に見える。今の往復2時間通勤なら年間 520時間(21日16時間)前職・郡山市通勤の往復4時間なら年間 1,040時間(43日8時間)※週休2日での計算。

つまりです!ただ移動しているだけで、3週間〜1か月半の人生が毎年消えている 計算です!これを見た瞬間…なんとも言えない気分になりました。

■ 通勤が生んだ“早出文化”という名の美徳

この通勤の拘束とセットになっていたのが、私たち団塊ジュニア世代前後?に染み付いた「早出文化」だ。8時始業なのに7時ちょいに行くと、必ず先輩が先にいて“おっ” と言わせる空気…90年代〜2000年代は、それが美徳でした。さりげなく掃除でしてたもんなら「やる気の現れアピール」、ただ居るだけでも評価の一つにになりました。

今の若い子からしたら、「いや、その30分…給料出ませんよね?」とツッコミ確実でしょう。でも当時は、それが間違いじゃなかった。遅刻が怖い。渋滞が読めない。道路状況が不安定。つまり通勤の不確実さが早出文化を正当化していたんだと思う。

■ 無駄な通勤時間に、無関係な情報を浴びなくていい

さらに思うのは、通勤時間は“情報の無駄”でもあったことだ。ラジオやテレビ音声をなんとなく流し、興味もない芸能ニュースやワイドショーの情報聴きながら。冷静に考えると、自分に関係のない情報ですよ!毎日2時間も支配されていたということになります。

通勤時間の質がどうこう言う以前の話(笑)

■ デジタルで通勤時間を“取り戻す”

だからこそ、解決策として行き着いたのが、通勤時間を現代のデジタルで取り戻す という考え方です。学びの時間にするのもいい。そこまでいかなくても、ニュートラルな精神状態を作る“マインド時間” にするだけで、通勤の価値はまったく変わるはず。

YouTube、Voicy、オーディオブック。いまは「自分で情報を選べる」これはめちゃくちゃ大きい。

奪われるだけだった通勤時間が、少しずつ自分の人生が戻る感覚です。

■ 通勤方法は変えられない…だから工夫が必要だ。

構造的に通勤は消えない、働き方もすぐに変わるわけじゃない。だからこそ、無駄な時間を個人で意味のある時間に変えられるか、そこには個人のひと工夫が大切になります。

往復2時間でも4時間でも、デジタルで“意味のある選べる時間”に変えられれば、人生のバランスは確実に整っていくはずです。