通勤途中で一人の自転車の女性を見かけました。
中年より少し上くらいの方で、走り方自体は特に荒っぽいわけじゃないんです。
ただひとつ気になったのが、ダウンジャケットのフードを深く被っていたこと。
あれを被ると左右の視界がぐっと狭くなるんですよね。ヘルメットはしていないように見えました。その状態で自転車と車道の“際”の、車側寄りをゆっくりと走っている。
危険行為というほどではないけれど…。
「これ、状況がちょっと重なったら事故になるよな…」そんな感覚になりました。
◇見えていないのに交差点へ突っ込んでいく“無意識の危険”
信号は青…しかし、フードで視界がほぼ閉じてしまっている状態、左右の確認もなく交差点に入っていく。
鼻先すら向けない。人間の視野の限界そのままの、真正面だけをぼんやり見るような走り。そう、自分の世界だけで走っている感じでした。
その方に限らず、学生にも多い。天候が悪い日ほど、視界ゼロのまま走っていく若い子をよく見かける。「危険意識が足りない」という言葉では片付かない、
もっと根っこの部分の問題だと思いました。
◇自分の“安全意識”が変わったと感じた瞬間
以前の自分だったら、たぶんここまで気にしていなかったはずです。別に誰がどう走っていようが、「いろんな人がいるよね」くらいの感じで流していたと思う。でも今は違う。自分自身の安全意識が、昔よりずっと鋭くなっているのを感じます。外仕事でバイクにも乗る。車にも乗る。仕事でもプライベートでも“事故に巻き込まれない生き方”を選ばなきゃいけない年齢にもなった。
今日の自転車の走り方が、自分の意識を確認させてくれたような感覚がありました。
◇「視野を狭めない運転をする」これは自分への戒めでもある
自転車の女性を見て、強く感じたことでした。視野が狭い運転は、事故の入り口になるのです。道路交通法上、クルマの方に過失割合は多くなる。いっけん理不尽な状況でもです。あたかもこちらが被害者じゃん!って、ケースでも過失割合はこちらです🚗。
フラフラ走っている自転車の学生や高齢者、捕まえて説教する話ではなく、イラっとしても寛容的に受け止めて“メタ思考”俯瞰すれば、なんて事ないのです。
“自転車が悪い”わかります…今朝の自分はブチ切れそうでした。
交通弱者と言われる『自転車』『歩行者』『高齢者』、安全に対するリテラシーの低さが際立ちます。
私たちは絶対に巻き込まれないようにしよう…気持ちが引き締まった朝でした。
