紙一枚思考で「忖度」を考えてみた。
自分の知りたい忖度とは何なのか?どんな場面で使われるのか。そして、忖度されたらどうすればいいのか⁇そんなことを考えていた。
メモを整理していくと、忖度は「小さな政府」や「小さな組織」で生まれやすいのでは??と思った。
少人数で、意思決定が上に集中している。そういう環境では指示を待つより、上の人の意向を先回りして穏便に済ます。
上司は何を考えているのか。どこまでやればいいのか。責任は誰が取るのか。
責任という言葉は重いが、実際には曖昧に使われていることが多い。気配りや気遣い程度ならOK、という空気もあります。
だから話し合うより、忖度が合理的になってしまう。
忖度はすべて悪ではない。気遣いとしてなら、場が回ることもある。ただ、判断や責任まで肩代わりすると、後味が悪い。そもそも忖度は当たるとは限らない。
自分としては、先回りして考えるのはいい。でもタスクまで。判断や責任までは背負わない。そこは線を引いておきたい。
紙一枚に書いていて思ったのは、自分たちは忖度しているというより、忖度させられている構造の中にいるのではないかと感じました。

官僚制の批判とその背景、政治理論、哲学など内容の濃い本。2018年発行で、そこまで古くない。
市立図書館から貸出、期間は20日間。他の章も教養として、じっくり読んでみます。
ビジネス情報誌[PRESIDENT]での特集も“忖度”。興味深いです。
