dの日記

2023年50歳になる男の日記

配慮なのか、忖度なのか

差し出された郵便物の扱いについて、少し考えさせられる出来事がありました。

その郵便物は、郵便番号が一度鉛筆かボールペンで横棒で消され、その上から書き直されている。そして名前の部分には、大きく手書きでバツが付けられていました。消印もなく、引き取り前の状態をポストから回収。

配達前で明らかに、私たちの誤配達ではない。差出人の担当区は私たちの局。状況から考えると書き損じたハガキを、そのまま投函したのではないか??そう思うのが自然です。ところが、この郵便物について引受局から「差出人に確認してほしい」という指示が出ました。この状態で出してよいものなのか、確認を取るように…という内容です。

「え?」正直なところ、違和感がありました。

料金は正規。投函されている以上、差出人の意思は存在しているわけで…制度上は配達してもおかしくない、もしくは受取人で調査するか。

ただ氏名に大きなバツが付いたハガキをそのまま配達するのは、常識的に考えて、あまりにも失礼だと感じたのだろう。

つまりこれ、人としては違和感が強い郵便物。そういう位置づけなのではないでしょうか。「配達する」「返還する」どちらかを決めてしまえば済む話を、差出人確認という形で現場に戻してくる。そこはわからないこともないが…将来起こるかもしれないクレームへの先回りです。

実際に苦情が出たわけでもないのに、“もしも”を想定して判断を先送りする。これは配慮というより、責任を分散させるためなのだらうか?郵便物、最終的に人の手で扱われます。だからこそ、ルールだけで割り切れない場面も出てくる。すでに差出人である企業は正月休みに…電話、現地訪問、年明けに再度訪問、85円のハガキに膨大なリソースがかかることになります。

今回の件、小さなハガキ一枚の話です。でもそこには「決めないことで安全を確保しようとする」組織のクセがはっきり表れ多様に見えます。現場に確認を投げ返すことは誰も間違えではありません。

形は違えど先回りして穏便に済ます、これが忖度とし言わずなんと言えばよいでしょうか⁉︎ 私たち人間のミスも沢山あります。しかしながら、この手のケースもたくさんあるのです。

自分の利益や有利になる先回りでないから…なんとも言えませんけどね。

 

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↑こんな感じです。