【1月21日】今朝は積雪のつもりで準備し。いつもより30分ほど早く、6時35分くらいに家を出ました。
4時にふとトイレで目が覚めて、外の様子を見るとサラッと積もっている。仕事は8時からなんですが、7時前には駐車場に到着。もちろん始業には十分間に合いますし、着いたら着いたでVoicyを聞いたりnoteを読んだりと、無駄な時間にはなりませんでした。
ただぼーっとしているわけではなく、こういう「自分だけの好きな時間」をデジタルで持つための早めの出勤でもあります。一方で現実に引き戻されると、この通勤にかかる時間や電車代などのコストって、あくまで「仕事に向かうための準備」であり、人生の時間から差し出している感覚でもありますよね。
最近よく思うんです。
行きも帰りも、移動時間があっての仕事じゃないかと。会社からすれば通勤費は出しても、通勤時間そのものへの給料は出ないのが一般的です。
「通勤時間も給料のうちだと思って割り切れ」という考え方や、ボーナスは「将来の業績のための前払い」と言う人もいます。
でも自分はこう考えます。
「就業時間(8時〜17時など)以外の、会社のために差し出している時間(通勤や準備)に対する対価こそが、ボーナス(賞与)なんじゃないか?」
今更ながらですが、そう思うと腑に落ちるんです。
基本給は労働への対価。でも毎日の通勤という「人生の時間」の拘束に対して、あとから「賞与」として支払われているのではないかと。そう考えると、ボーナスがないとやっぱり割に合わない気がしてきます。たとえ月給が高くても、そこが含まれていないならなんとなく違うなと。
もちろん、ボランティアで働いているわけではありません。
「食べるために働く(ライスワーク)」という側面は基本です。でも、そこから人生を豊かにする「ライフワーク」へと繋げていくことこそが、生きている意味、働く意味であり自分の幸せに繋がるんじゃないでしょうか。
バブルの頃のように「賞与年2回+決算賞与」なんて時代もありました。あの頃のような羽振りの良さはもうないかもしれませんが、それでも「通勤時間」という自分の時間を差し出している以上、それに見合う納得感(ボーナスや社会保障など)は欲しいものです。
もちろん、ボーナス概念が無い職種・立場を否定するわけではありません。ただ組織に属するなら、私はマストと感じているだけです。
働きに行くための通勤ではありますが、その対価としてボーナスを受け取っている。そう自分の中で定義づけて、雪の中、車を走らせています。
皆さんはどう思いますか?
