dの日記

2023年50歳になる男の日記

インフレ時代に必要なのは節約ではなく基準の更新

「安いが正義」の時代は終わったのか

今の時代、もう「安いが正義」というフェーズではないのだと思う。「安い』は以前のように大量に転がっていない。そのマインドは、本質を失う危険もある。

無理をして贅沢をする必要はない。しかし、日常の中で「少し良いもの」を選ぶ意識を持つことは、これからの時代を生きる上で大切な感覚になる気がしている。

世の中は今、明らかにインフレの方向に動いている。物価は上がり、インフレ率に給料が追いつかない。これは数字を見なくても、多くの人が肌で感じていることだろう。

さらに中東情勢、とくにイランを巡る動きが不安定になれば、ガソリン価格が上がるのはほぼ間違いない。

地方の車社会では、燃料は生活そのものだ。石油製品も同じで、値段が上がったからといって使わないという選択肢はほとんどない。

つまり私たちの生活は、すでにデフレではない世界に入っている。

食べ物も、衣類も、日用品も。「とにかく安いものを選ぶ」という価値観は、これからの時代には少し合わなくなってくる。

もちろん安い商品はこれからも存在する。ただ、安さだけを突き詰めれば、鮮度が悪かったり、正直言って美味しくなかったりするものに当たることも増える。

“それで本当にいいのだろうか”

私は、何事にも上限は決めるべきだと思っている。何十万、何百万という極端な買い物を勧めたいわけではない。ただ、昭和や平成のデフレの時代に身についた「安さを美徳とする感覚」を、そのまま令和まで持ち込む必要はないのではないか?

特に私たち団塊ジュニア世代は、「失われた30年」を生きてきた。節約、我慢、安さ。そういう価値観が深く染み込んでいる世代でもある。

しかし、数字だけを見て物価上昇を恐れ続けると、人生そのものがミニマムになってしまう。

姿のない見えない恐怖に行動を縛られてしまうと、人生の豊かさを逃してしまう。それはある意味、機会損失です。

だからこそ、ほんの少しだけ基準を変えてみる。

・ちょっと良いものを買ってみる・ちょっと良いものを食べてみる…それだけでいい。

これからの時代は、おそらく「高いもの」か「すごく高いもの」という二極に向かっていきます。だからこそ、自分の基準を少しだけ引き上げるトレーニングをしておく。

私たちは無職ではない。社会の一員として働き、税金も納めている。少し良いものを買って「悪いことをした」と感じる必要はない。それを明日を生きるエネルギーにすればいいじゃないですか!ギャンブル(論外)や過剰な娯楽ではなく、日常の質を少し上げること。

それが、今の時代に合った生き方の一つなのではないかと思っています。

そして何より、自分の人生の時間は無限ではない。だからこそ、日常の小さな部分から「質」を意識する。

これからの自分の小さな目標です。

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野菜のパプリカは、わかりやすい例かもしれません。

デフレの時代には、スーパーで100円を切ることも珍しくありませんでした。しかし最近では200円前後で並んでいることが多く、体感としても「倍くらいになったな」と感じます。

もちろん、「高くなったな」と思う気持ちは誰しもあるでしょう。ただ、エネルギー価格や輸送費、人件費、さらには気候の影響などを考えれば、これはある意味で仕方のないことでもあります。むしろ、長く続いたデフレの時代が特殊だったとも言えるのかもしれません。

しかしこの一品を料理に加えることで、鮮やかになり豊かな食を経験することができます🫑。

「昔は安かった」という感覚にばかり引きずられるよりも、今の時代に合った価値観に少しずつ調整していくことの方が大切なのではないでしょうか。