◇第2章 日本の働き方、世界の働き方
「会社」で見られる日本。「職務」で見られる欧米。
第2章「日本の働き方、世界の働き方」を読みながら、自分なりに整理したことを書いてみたいと思います。
この章を読んで一番印象に残ったのは、日本と欧米では「何によって人が評価されるのか」が、根本的に違うということでした。
日本では、どうしても「どこの会社にいるか」が強く意識されます。
大企業なのか、中小企業なのか。正社員なのか、非正規なのか。つまり「会社単位」で見られる社会なんですよね。
一方で、アメリカやヨーロッパでは、「どういう職務なのか」が強く意識される。ホワイトカラーなのか、ブルーカラーなのか、管理職なのか技術職なのか。
ここがまず、日本とは全然違うんだなと感じました。
◇欧米は「職務ありき」、日本は「人ありき」
本書では、欧米型の働き方を三層構造として説明していました。
上級職員(命令・管理・計画を立てる)
下級職員(事務・中級技術職)
現場労働者(身体を動かす仕事)
本書より
欧米では、この階層がかなり固定されているそうです。例えば、管理職レベルの人は転職しても、同じような管理職として横移動する。逆に現場労働者も、同じ階層内で移動する。
つまり、「会社を変えても職務は変わらない」。ここが日本との大きな違いです。
日本の場合は、まず“人”を採用して、そのあと仕事を割り振っていく。「職務」より「社員」が先なんですよね。だから新卒一括採用があり、人事異動があり、大部屋オフィスがあり、「とりあえず配属して覚えてもらう」という文化になる。
これを本書では、
・欧米=ジョブ型(職務ありき)
・日本=メンバーシップ型(職員ありき)として説明していました。
本書より
◇日本にある「社内の頑張り」という空気
自分が特に興味深かったのは、日本では“人物評価”が非常に強いという点でした。欧米では、職務記述書があり、「どこまでが仕事か」が明確です。
しかし日本は、学歴だけで一生固定されるわけではなく、社内で頑張れば昇進できる可能性がある。未経験でも育ててもらえる。新人を周りが教える文化もある。
その反面、「頑張り続けること」が前提になりやすい。成果だけでなく、“姿勢”まで見られる。
だから長時間労働や、過剰な同調圧力にもつながっていく。この本を読んでいて、自分がこれまで感じていた「見えない圧力」の正体が、少し言語化された気がしました。
◇「偏差値」で測られる日本社会
興味深かったのは、日本では大学で“何を学んだか”より、「どこの大学に入ったか」が重視されるという部分でした。
つまり、専門能力よりも、「偏差値の高い試験を突破した潜在能力」が評価されている。
だから大学院進学のインセンティブが弱い…。欧米では、修士号や博士号が高収入職への切符になる。だから社会人になってから大学に入る人も多い。
日本とはスタートラインが違うんですよね。本書では、日本は相対的に「低学歴化」しているとも書かれていました。しかし、それは単純に“勉強しない国”という意味ではなく、日本社会そのものが、学位より社内適応を重視してきた結果なのだと思いました。
◇どちらが正しい、ではなく「仕組み」が違う
この章を読んで感じたのは、日本型にも欧米型にも、それぞれ長所と短所があるということです。
アメリカのようにジョブ型であれば、専門性やスキルは武器になりますが、その分、解雇や競争もシビアになる。
日本は雇用保障が比較的強い代わりに、「社内の頑張り」が広範囲に求められやすい。
どちらが優れているというより、“社会の作りそのもの”が違うんですよね。
自分自身、会社で働きながら感じていた違和感や、「なぜこういう空気になるのか」という部分が、この章を読んでかなり整理された気がしました。
改めて学びになったのは、
・ジョブ型とメンバーシップ型の違い
・「社内の頑張り」が日本独特だということ
・日本の働き方は世界標準ではないということ
働き方というのは、単なる会社のルールではなく、その国の歴史や文化、教育制度までつながっている。
そう考えると、日本社会の見え方も少し変わってくる気がしました。

