生物的な要素を利用する。いつも私が言っていることだが、その一つが運動。
脳内にいわゆる幸せホルモンが分泌され、思考が前向きになる。これは気分論ではなく、医学的にも言われている。もちろん、スポーツジムに入会手続きをしただけでは何も変わりません。
アスリート並みにムキムキになるための運動というより、あくまでも思考のベクトルを前向きに保つため。ひいては、社会からのプレッシャーに対しても、ある程度の自信を持って受け止められるメンタルを育てるためです。
結果としてフィジカルがついてきて、気づいたらムキムキになってしまうだけの話(笑)
毎日、深夜まで筋トレをする必要はない。フラッと立ち寄るだけの軽い負荷の日があってもいい。別に課金してジムでなくてもいいし、週に何度かチラッと汗ばむ程度で十分。細く、長く。小さな積み重ねが、健康寿命を数ミリでも伸ばす。これだけで、もう優勝だと思っています。
自宅トレーニングもありだが、正直なところ、やっぱり「課金の力」は大きい。またスポーツジムという空間は、邪悪なオーラや負の空気を感じにくい。集まっている人が前向きの集合体だからこそ、場の空気も自然とそうなる。
やらない人が大半の現代社会では、やるだけで一つ頭が前に出る。
空を飛べるようになるわけでも、指が6本になるわけでもない。ただ「やる側」に身を置いている感覚が残る。
正直に言えば、やらなくても生きてはいける。日本にはセーフティーネットがあり、極論を言えば餓死はしない。
人口ボリュームの大きい団塊ジュニア世代の私たちが、その安心感に完全に乗っかってしまったら、社会のリソースを消費する側に回ってしまう。それって、あまり気持ちのいい立ち位置ではない。
年収を倍にしろ、というようなぶっ飛んだ改革は現実的ではない。物価指数もインフレ率も、30年前とは前提が違います。
その代わりにできることは、意外と地味なこと。運動する。発信する。本を読む。旅に出る。必要なら仕事を変える。これは自分の年齢や価値観でも変化していくと思う、なぜなら70歳になっても、ダンベルを上げ続ければ体調が崩れていく。
日本は、思っているより動きやすい国だと思う。社会のルールを守って生きていくことも否定しない。それが、普遍が集まった「普通」だからだ。その中で一歩だけ前に出る選択肢は、まだ誰にでも残っている。
初めての挑戦。周りがあまりやっていない前向きな行動。それ自体が、より良い人生のヒントを探す行為だと感じている。
即日に幸せが担保されるわけではない。成人してから学びに時間をかけている人が少ない日本。何者でもない私にとっては、そこがチャンスになる…そんな事を言っといて、この先永遠に続けられると言えば、右肩下がりにはなっていきます、そこも生物として普通。
5年・10年刻みで、自分の好きを再確認するのが良いでしょう。
やる気があるから動くのではなく、動いているから、やる側に身を置ける。これが、今の私なりのメソッドです。
