dの日記

2023年50歳になる男の日記

閉ざされた「正義」の裏側:ストレスと性癖の境界線

最近のニュースから考えさせられた。警察という組織の特殊性について。因みにこの手の報道、私の好物というわけではありません😅。

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競合他社もおらず、組織の枠を超えた交流も極めて少ない、ある種「守られた」世界。同様のことは郵便局などにも言えるかもしれないが、民間企業とは流れている空気が根本的に違う。世の中の秩序を守るという大義名分はあるが、その実態は紙中心のアナログな手法と、古くから続く強固な縦社会でしょう。

現代のスピード感には到底合わない無駄な手法が、今もなお文化として根を張っている。そんな特殊な環境に、学歴や偏差値という振るいのフィルターを突破した若者たちが放り込まれる。現場の実務で直面する過剰なストレスは、彼らの想像を絶するものがあるのではないだろうか。

「過保護な教育」が生んだ歪み

もちろん、事件を起こす側をサイコパスの一言で片付けるのは簡単だ。だが、私は少し違う見方をしている。

現代の若者たちは、ハラスメントを徹底的に排除し、大人が過剰に保身に走った教育環境で育ってきた。ある意味、その「守り」の副作用を受けた被害者とも言えるかもしれない。

この手の騒動は、公共の組織だからこそ明るみに出るが、民間なら火消しされて闇に葬られている案件などザラにあるはずだ。横領をもみ消すのと同じように、私たちの見えないところで「秩序」は保たれている(ふりをしている)だけなのだ。

リスク判断を狂わせる「トリガー」

視点を変えて、もし自分が「癖(へき)」を持つ側だったら、と想像してみる。

同胞たちからは、表立っては言えなくとも「よくやった」「羨ましい」「お疲れさん」といった、静かなエールが届いているのかもしれない。ある種の「レジェンド」扱いだ。

しかし、その代償はあまりに大きい。自らが積み上げてきたプライドも、誇れるポジションもすべて捨て、社会的な目を避けて生きる人生が確定する。普通に考えれば、そのリスク判断はできるはずです。

それでも一線を越えてしまうのは、もはや性癖そのものというより、それがストレスによって「発射」されるトリガーになってしまっているからではないか。メンタルヘルスの問題を、多くの若者がこうした歪んだ形で抱えているように思えてならない。

それは、日本全体の責任ではないか

凄惨な事件が溢れる中で、ある意味では「平和」とも感じてしまうような今回の記事。だが、その本質を問うならば、それはやはり「過剰な守り」で育った世代の、行き場のないストレスだろう。

今後、こうした騒ぎは当たり前のように増えていくだろう。

これは本人の資質の問題だけではない。彼らをそのように育て、そのような環境に置いた、日本全体の責任だと私は感じている。

結局は「内輪の話」に過ぎない。不祥事公表と、現代人に必要な考察

民間からまず公表されないでしょう。なぜならメリットがないから。どうしても公共の組織での不祥事はで、隠さず公表して改善に向けた対策を上げることで、クリーンをアピールしたい。

大半の目は「けしからん!」「やっちゃったね」で終わりでしょう。でも、踏み込んで考えると少しだけ本質に近づけると思います。AIから一次情報も引っ張れます。この手の事件、単に社会問題と考えるか自分ごとで考察してみるのも、現代人には必要ではないでしょうか。